RADWIMPS 春灯

春灯

JP歌詞

RADWIMPS(ラッドウィンプス) 新曲「春灯」歌詞 MV
発売日:2016年3月11日配信
歌手:RADWIMPS
作詞:野田洋次郎
作曲:野田洋次郎
歌詞:
逢いたい人がいるこの世界には
せめて僕が生きる意味が わずかでも あるかな

夕暮れの雨のように 思い出は通り過ぎる
傘もないから 打たれるばかり

ガラにもなく難しい この世の仕組み憂いてみたり
すぐにボロが出て 苦笑い

そんな時も 隣に君が いたらな

君の眼に僕が映る ただ それだけでいいような
君を君たらしめる すべてを 僕の手にしたいような

あぁ したいような

逢いたい人がいるこの世界に
今日も目覚める 僕はきっと 幸せですよ

君の眼に僕が映る ただ それだけでいいような
君を君たらしめる すべてを 僕の手にしたいような

あぁ  あぁ

RADWIMPS 春灯

RADWIMPS 春灯

歌詞出典:

RADWIMPS 新曲 新曲「春灯」の情報
様々な感覚を持つ人がいて、この動画を素晴らしいと感じる人もいれば、なにも感じない人もいると思います。ただこの動画を素晴らしいと感じることができることもまた素晴らしいことのように思います。
RADWIMPSが新曲「春灯」(しゅんとう)をバンドのYouTube公式チャンネルで公開した。
東日本大震災が起きた直後に書き下ろしの楽曲「糸色-Itoshiki-」を発表して以来、毎年3月11日に新曲をYouTubeで公開している彼ら。今年は昨日3月10日22:00までバンドのTwitterアカウントにて「今、自分が見ている景色の動画」などを募集しており、その動画を使用した映像もあわせて公開された。野田洋次郎(Vo, G)は「心配すること、ただただ復興を願うことしか相変わらずできない自分なので、また曲を作りました」とコメントしている。

RADWIMPS 新曲 新曲「春灯の感想/コメント/意味
5年という月日の間に『復興』の度合いも地域により差が開いてきています。未だに福島­第一原発の事故は収束していません。コントロールできていません。避難解除を受け、着­々と街も整備され、前に動き出した地域がたくさんあります。一方でいまだ故郷に帰れな­い人がたくさんいます。仮設住宅に暮らしながら地元に帰る日を待つ人たちがいる一方、­故郷に帰ることを諦め新しい場所での生活を始めている方もたくさんいます。震災の後遺­症で亡くなる人もいまだにいます。
原発の必要性の有無、様々なことが言われ物事は複雑に語られていきます。ただ、あの震­災と津波だけだったら、今ほど復興に差が生まれ、地元に帰ることを諦める人は少なかっ­たはずです。立ち入りさえ制限される区域は存在しなかったのです。『フクシマ』という­言葉の響きが、2011年3月11日以前のものに再びなるには、あと何年かかるのでし­ょうか。
心配すること、ただただ復興を願うことしか相変わらずできない自分なので、また曲を作­りました。『春灯』と書いて「しゅんとう」と読みます。
ぜひ聴いてください。

4月から父さんの勤務先が福島第一原発付近になった。
心配したけど父さんが頑張らなきゃと言って淡々としていた。
父さんは今までも復興に携わっていました。僕は話や5年経った被災地を見ても復興に携わった人たち、被災した人たちの気持ちは知っているようで知らなかったのだと気付きました。
だからこそ改めて被災した人たち、復興に携わっている人たち、父さんには頑張って欲しいと思った。頑張れなんて身勝手かもしれないけど。
いつか父さんみたいになりたい

今日学校いって午後過ぎたけど黙祷が一切なかった。ただただ嫌な感じがした。だからといって忘れていなかっただろうし、忘れちゃいけないことだと思うけど黙祷は僕たちにとって1つのできることだと思います。だから目を閉じてこの曲を聴きました。願いました。感謝しました。ありがとうでした。今日も生きました。。。くさくてすいませんwただ思ったことを書きました。本当にラッドウィンプスさんありがとうございます。

岩手県の沿岸に住んでて、家も流されて、家族の愛猫のミーちゃんも連れて行かれた
学校にいて、助けにも行けなかった
おれの布団にすぐ入ってくる甘え上手な可愛いやつだったなー
また一緒にゴロゴロしたいし遊びたい
久しぶりにこんな泣いた
そのころにRADWIMPSに出会って勇気付けられた
いまも勇気付けられてもう感謝しかない
明日からもがんばる👊

RADWIMPSの春灯 RADの音楽が全然入ってこないくらい一人一人のメッセージが心に突き刺さる。 何度も止めて読んで、止めて読んで、 何度見ても入ってこない洋次郎の声、 何度見ても見入ってしまう映像。 1つ1つが深い

今日は3月11日。震災から五年が経ちました。復興が一歩づつ進んでいます。東北の復興を祈ってます。いま生きている自分が当たり前でないことを実感しています。RADWIMPSの「春灯」という曲を聴いていろいろと思わされます。

RADWIMPS 3/11 1年目 白日 2年目 ブリキ 3年目 カイコ 4年目 あいとわ 5年目 春灯←NEW!!! 毎年復興支援ソングだしてくれてる。 俺の知ってる限りだけどこの曲はCDださないし、カラオケの選曲欄にない。 是非とも聞いてください

この日が誕生日であることを悩み続けた5年間
やっと、洋次郎がわたしの気持ちを救ってくれました。
ありがとう、そして、皆が小さな幸せを喜べる人でありますように

毎年RADが歌であの悲惨な日のことを思い出させてくれる。
今でも当時のことを鮮明に覚えているのはRADがこの日を大事にしてくれてるから。
ありがとう。
五年前に失われた命、その日からこの五年間でこの世に生まれた新しい命。
私たち、あの日を経験した人間一人一人は、これから生まれてくるあの日を知らない子たちにしっかり3月11日に起こったこと、命の大切さを教えていかなければならないと思った。
あの日を忘れないようにね。

「春灯」 /RADWIMPS (しゅんとう) 震災で亡くなった方の魂が安らかでありますように。 今も被災し続ける方々に平穏な日々が訪れますように。 そして理不尽な力に、奪われたすべての命に、合掌。 洋次郎。

この五年間でどれだけど被災した方々が、幸せだって思えるようになったのでしょうか。
何にもすることができず、ただ、祈ることしかできていない僕のいう言葉は、薄っぺらいものだとわかっています。
過去を振り返って、「あの辛い出来事を忘れるな。」と、いう時期ではもう無いのかもしれません。
しかし、年が経つに連れて、震災を他人事だと思ってしまっている人が増えてきたように感じます。
僕もその一人なのかもしれませんが・・・・・。
ですが、洋次郎君も言っているように、あの出来事を教訓とすることができれば、ただの大きな悲しい出来事にならずに済むと思います。
そのために、やはりこのことは忘れてはいけないのだと思います。

春灯 RADWIMPS 5年経ちましたね。 もう5年と思うべきかまだ5年と思うべきかは人それぞれですがやっぱりこの出来事は忘れてはならないと思います。 1年前と同じ事を言うようですが東北の人達が少しでも勇気づけられますように。

毎年聞いてます
小6の時にRADのことを好きになって、その年度の終わりに大震災が起きました。当時の俺はテレビを見ても全く実感がわかず、どれくらい辛い目にあってるのかはっきりいってわかりませんでした。しかし、月日を重ね、1年、2年と経ていくと、この日に出す曲の感じ方が変わってきました。今はまだ小さくてわからないことだらけの子供達が、いつか大きくなった時に大震災を忘れてしまわないよう、毎年出して欲しいです。

RADWIMPSの「春灯」です 今日アップされたものです RADが好きでない人も、映像だけでも見てみて欲しいです 時の中でどうしても風化してしまう記憶も、しっかりとそこに存在しています

皆さんの学校はどうかは分かりませんが、去年まで、3.11の地震があった時刻に黙祷をしていました
ですが、今日は黙祷を学校でやりませんでした。
こうやって、どんどん記憶の奥のずっと奥に行っていつか消えてしまうのかなと思っていました。
ですが、この曲を聴いて、震災のことを忘れずに、亡くなった方の魂が安らかに眠れることや、今でも後遺症で苦しんでいる人達に対して応援している人達がたくさん、たくさんいる事、改めてわかりました。あの震災を忘れてしまわぬよう、洋次郎さん、曲を作り続けて欲しいなと思います。文章もまとまってないのに長々すいません。感動しました。

震災当時小学生だった私は高校生になりました。
何も知らず授業を受けて、家に帰って、テレビをつけて、その時初めて変わり果てた東北の街を目の当たりにしました。
あれから5年。何が変わったのだろう。私たちに何が出来るのだろう。
5年後の3月11日、一人でも多くの人が笑顔になっていますように。

2016.3.11 春灯/RADWIMPS 毎年この日にRADWIMPSが作ってくれる曲何もできない弱い自分だけどこの曲を少しでも多くのみんなに聞いてもらうことは私にできることだと思うぜひ聞いてみて欲しいです

春灯 RADWIMPS この曲を待ってた気がする。 今日で東日本大震災から丸5年。RADWIMPSは曲を絶え間なく上げてくれてそれを聞く度東日本を思います。 無くなった人々の御冥福をお祈りします。

RADWIMPS
ラッドウィンプス
2001年に野田洋次郎(Vo, G)が友人に誘われバンド結成。バンド名の「RADWIMPS」とは「かっこいい弱虫」という意味を持つ造語。2002年8月に「YOKOHAMA HIGHSCHOOL MUSIC FESTIVAL 2002」に出場し、グランプリを獲得する。2003年7月にはアルバム「RADWIMPS」をインディーズからリリースするも、野田の受験を理由に活動休止。2004年3月に活動再開し、2005年11月にシングル「25コ目の染色体」でメジャーデビュー。2007年8月には横浜アリーナでのワンマンライブも開催し、大成功を収めた。2009年3月に「アルトコロニーの定理」、2011年3月に「絶体絶命」、2013年12月に「×と○と罪と」とフルアルバムを発表。東日本大震災の発生直後には特設サイトを立ち上げ、以降毎年3月11日にYouTubeを通じて被災地復興の思いを込めた楽曲を発表している。2015年6月、野田の初主演映画「トイレのピエタ」の主題歌「ピクニック」をシングルとしてリリース。

RADWIMPS 春灯 関連PV動画一覧

- スポンサーリンク -